2006年08月21日

大うそつき

先日、会社へ行く途中で外国人のカップルに呼び止められ、道を尋ねられました。

地図にも英語で書かれていたのですが、ああ、あそこね、と思い、ここまっすぐいけば左にありますよ、みたいなことを、なんとか英語で伝えました。

会社について、気になったので調べたら、おおうそでした。

まったく反対方向。(^^;

悪かったなあ、雨も降りそうだし、としばらく引きずってましたが、頭の良さそうな人たちだったから大丈夫だろう、と勝手に安心して終わりました。

そういえば、以前外国へ行ったとき道を尋ねたら、とんでもない方向を教えられたことがありましたっけね。

その国の人でも、知らないことって結構あるんだなと、自分を振り返って思いました。

やはり、最後は自分の目と判断に頼らないといけませんね。

人のせいにしてみても、なんかすかっとしませんもんね。(弁解してるみたい。(^_^)/)

でも、人を信じるというのは、もし間違っていても恨まずに、自分のことは自分で責任取るということなんでしょうね。

書けば書くほど弁解に聞こえるからこのへんで(^^)。
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2006年08月20日

自信について(1)

先日、新人研修で交流分析の話をしました。

心理学に詳しい方はよく知ってらっしゃると思うのですが、エリック・バーンという精神学者が始めた療法で、一時期ビジネスにもよく使用された概念です。

私は心理の専門ではないのですが、自分が受けた研修がとても印象的で納得できるものでしたので、新入社員にもよく話をします。

交流分析(以下TA:Transactional Analysis)の中で、自己概念というのがあります。

その中で、「基本的な構え」には4つの種類があるといわれてます。

I'm not OK. You're OK.(自己否定、他者肯定)
I' OK. You're not OK.(自己肯定、他者否定)
I'm not OK. You're not OK.(自己否定、他者否定)
I'm OK. You're OK.(自己肯定、他者肯定)

この基本的な構えは、幼少のときに親からもらう「ストローク」によって決まるとされてます。

ストロークとは、言葉の通り、人に対する投げかけで、言葉・態度・触れ方等、人との交流で相手に対して影響する全てが含まれてくると思われます。

おまえはほんとにいい子だ、と言葉ではいっていても、テストの点がいいから、とか、親に心配かけないから、とかの条件がついていると、いわゆる条件付のストロークになってしまい、本当の自分を強く抑制することもあるかも知れません。

人と人の交流で最悪なのが、ディスカウント(無視)というものです。

いじめや虐待などがこれに入るかと思います。

人は、ストロークをもらわないと人の間では生きていけないそうです。

ですので、なんとしてもストロークをもらおうとするけれども、そのときに関わってくるのが先ほどの基本的構えではないでしょうか。

エゴグラムというのを新人にやってもらうんですが、この話をすると、新人の反応が千差万別ですので、とても面白い、いえ興味深いです。

ピッタシだ、という人もいれば、うーん、と疑わしげな顔をする人もいます。

これで全てが分かるわけではないし、やるたびに多少変わることもあります。

この分析は、あくまで自分のためにやるのであって、人に評価してもらうためではないです。

ここでも自分を受け容れているかどうかが分かるような気がします。

自分自身をそのまま、ありのまま素直に受け止めている人は、どんなことでもそのまま受け止めているような気がします。

これが自信につながっているのではないでしょうか。

できる人、強い人、態度大きい人すべてが自信を持っているわけでもなく、才能なくても、弱いと思っても、静かな性格の人でも、自信を持っている人はいるわけです。

どしって感じですかね。

それは、自分のいいところも悪いところも、そのまま受け容れている人が、人の言動や評価に揺るがない自信を持っているような気がします。

それは、決して人の意見は受け容れないとか、自分の意見は決して変えないとかいうことではなく、楽しく幸せになるにはどうしたらいいか、ということを主体にしているような生き方のような気がしますがいかがでしょう。

私もあやかりたいと思いますが、普段の心構えでしょうね。
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2006年08月17日

カブトムシ

夏になると必ず思い出すのがカブトムシ。

6年くらい前まで、私は千葉県北部に住んでました。

下の子供が幼稚園から中学校卒業するまでの間、ずっとそこに住んでました。

小さい子供が育つには最高の環境だったと思います。

東京の会社から1時間40分かけて家まで帰ります。毎日(当たり前か)。

駅から家まで15分くらい歩くのですが、夏は、しっかりと下を見ながら暗い夜道を歩きます。

時々歩道をカブトムシが歩いているからです。

よく捕まえて子供にお土産の代わりとして持って帰りました。(安上がり(笑))

家の水槽に土や木と一緒にカブトのオスとメスを入れていたのですが、2匹ともしばらくして死んでしまいました。

水槽をかたずけていたら、なんと小さな幼虫が11匹出てきました。

で、私が育てることになったのでした。続きを読む
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2006年08月15日

捨てるということ

「捨てる生き方(ハキジン出版)」という本があります。

佐藤康行さんという方が書いてます。



捨てる、というと、私は一時期一生懸命覚えた、あの有名な般若心経を思い出します。

佐藤さんが仰ってるのは、難解な般若心経を分かり易く解説してくださっているような気がします。

でも、捨てるって、難しいですね。続きを読む
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2006年08月11日

自分を受け入れるということ(14)

私は営業マンの研修をしています。

時々、スタッフから、彼/彼女は営業に向いてないんじゃないか、という声を聞きます。

確かに、一見そう見えるのです。

大人しく、おどおどして、自分の意見もなかなか言えない。

人の前に立つと、誰が見ても緊張しているのが分かり、声も上ずってしまう。

顧客相手のロールプレイなどすると、途中で言うことが分からなくなり、黙り込んでしまう。

こういう状況を見て、大丈夫かな、現場でやっていくのはきついんじゃないかな、と、周りは思うわけです。続きを読む
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2006年08月10日

父の日、母の日

新人研修中、父の日、母の日を迎えます。

父の日、母の日にプレゼントをするかどうかは個人的なことですので、新人たちにはプレゼントしろだの、電話かけろだのは言いません。

替わりに、私個人の話をよくしてます。

長男が高校3年生のとき、父の日に、ネクタイに手紙を添えてプレゼントしてくれました。

その手紙に、

「お父さんはほんとにすごい人だと思います。」という一文が書いてありました。

なにをもってすごいというのか聞きませんでしたが(すごく聞きたかったけど(^o^))、とっても嬉しかったんです。

そのことを新人たちに話しました。

そのときは余り反応が無かったんですが、後日何人かの新人が、かわるがわる私のところへ来て、報告するんです。

「先日父と話して、お父さんてほんとにすごいよね、といったら、目に涙をためて喜んでました。私も泣きそうになっちゃいました。」

皆、形は違うかもしれませんが、自分の親に素直な気持ちをぶつけたみたいです。

プラスのストロークの話もしてましたので、人にプラスのストロークをどんどん投げると自分にも返ってくる、ということが実感できたようです。

すぐに行動に移す新人たちに、こちらのほうが勉強させてもらってます(しかも給料もらいながら。ラッキー!(笑))。
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2006年08月09日

あいさつ




本社で新人研修をしていると、先輩社員やベテラン社員にかならず言われることがあります。

「今年の新人はあいさつしない」ということです。

本当に、必ずといっていいほど、この言葉を、新人研修の責任者である私に言ってきます。

新人が通りかかると、その先輩・ベテランは、新人を見ながら、さああいさつしろ、あいさつしろ、と思いながら待ってるんでしょうね。

そして、新人がなにも言わないと裏切られたような、ばかにされたような気になるのでしょうか。

この私にあいさつしないなんて、という剣幕で私に文句を言ってきます。

私も慣れたもので、そういう人には、必ず返す言葉があります。

「新人あいさつしませんでしたか。そうですか。それで、あなたは新人にあいさつしたんですか?」

「なんで私が新人にあいさつしなければならないんですか。」

こういう文句を言ってくる方は、私の言葉に必ずといっていいほどムカつくみたいです。

「うーむ。新人があいさつしないなら、先輩があいさつのお手本を示してあげるのも現場のいい研修になると思うんですが、いかがですか?」

たいてい、これでだまってしまいます。

続きを読む
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2006年08月08日

新人は忘れた頃に成長する

最近、新人から質問されて、ドキっとすることが、ちょこちょこ増えてきました。

質問の内容が重箱の隅をつつくような質問とか、現場ではまず必要の無い内容の質問とかでしたら、私もそれなりに余裕を持って答えられるのですが、うっと声が出そうなくらい、痛いところを疲れるとまいります。

そうだ、それを調べておこうと思ってたんだっけ、なんて考えていることが顔に出ているようで、新人の目が怖い!(^_^;

でも、疑問に思って自分なりに答えを推定していってくる新人を見てると、自立を感じて、こちらも楽しくなってきます。

と同時に、こちらも負けてたまるかい!という気にさせてくれます。

まだまだ受け容れられてるな。自分を。(確認しながら一歩一歩。)
posted by kurasan at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

自分を受け入れるということ(13)

つい最近、感謝する、ということが挫折に対する一つのワクチンになるのではないか、と思い、実践し始めたわけですが、なかなか難しいです。

長い間に染み付いた思考パターンはなかなか変えられないですね。

こんな新人がいました。

顧客を想定したロールプレイというのを研修の一環でやるのですが、周りの新人はだんだん上手になるのに、その新人だけは、最後でいつも失敗するのです。

私が顧客役をすると、最初は元気よく、リズムもはつらつとして商談を進めていくのですが、最後になると、どうしてもしりつぼみになり、商品を買ってもらえないのです。

顧客役のこちらのネガティブな応答に、すっかり巻き込まれ、商品のメリットに自信がなくなってしまうようです。

もちろん、メリットもデメリットも含んで相手に納得してもらうのですが、顧客の問題解決のために何が貢献できるか、というところでいつもひっかかるのです。

新人には毎日個人ごとに研修の日誌を書いてもらいますが、その日の日誌にも、どうして私は考え方がネガティブに終わるんだろう、と書いてました。

こういう言葉を聞くと、私は自分の新人時代を思い出すのです。

最初の1年間の、あのつらい時代。

やってもやっても売れなかったあの日々。

今、色々な新人たちと付き合っていると、とても客観的に自分を振り返ることができる気がします。

私は、あのつらい時期、自分を客観的に振り返り、受け容れる、ということを思いつきもしなかった、と、いまは正直に振り返ることができます。

情けない、どうしてできないんだ、といわれて育つと、思考パターンもいつのまにか、どうして自分はだめなんだろう、になってしまうかもしれません。

壁にぶち当たって、それを運よく乗り越えられると、自分の思考パターンに気がつき、ありのままを受け容れられるようになる気がしますが、乗り越えるまでは、そんな余裕はないわけで、ひたすら自分を責め続けた気がします。

自分を責め続けると、次第に今度は、周りの環境のせいにするようになってます。

こんな担当を持たせた会社が悪い、私はちゃんとやってるのにあの客がおかしいんだ、というような感じです。

前にも書きましたが、「I'm OK, You're not OK」と「I'm not OK, You're OK!」という構えを行ったりきたりしていたような気がします。

今考えてみると、このパターンは自分を受け容れたくない、という表れだったかも知れません。

先の彼には、日誌のコメントで、ネガティブと思うなら、一度その思考パターンがどうして起こるのか、自分と話し合ってみたらどうか、いつの間にかそういう思考パターンにとらわれ、自分自身を受け容れられなくなってるかもしれない、というようなことを書いた気がします。

その後、その彼は徐々に自信を取り戻して、現場でも活躍しているようです。

ちょっとしたことで自分を取り戻せるのは、やはりその人のこころひとつなんだ、と、その件で強く思いました。
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2006年08月03日

自分を受け入れるということ(12)




成功、ということについて考えてみました。

私は、自分自身、とても社会的に成功しているとはいえないと思っています。

社会的な成功とは、年収うん千万以上、一戸建て住宅(もしくは六本木ヒルズ(笑))に住み、ランボルギーニに乗り、バリバリ自分の会社を切り回す若手社長、のような人をここでは指すことにします。

私はといえば給料もそこそこ、地位も50歳にして、いわゆる課長職。(先日、部長の昇進試験に落ちてしまいました。これで何度目の挫折かな?)

過去にも課長の昇進試験でも何度も落ちてますし。(出世というものに見離されてるかも知れません(^_^;))

大学入試も2浪しましたし、どうも試験と相性が悪い(そういう問題じゃないか)。

試験に落ちると、やはり落ち込みます。

自分が社会から否定されているような気がして。

会社の昇進試験では、それをより強く感じてしまいます。

なにせ、一緒に受けた一握りの人たちが昇進し、後の人はそのままで通常通りの業務をこなしていく。

会社という狭い世界のなかで、逃げ場が無いわけです。

試験のすぐ後は、社内の周りの目がどうしても気になります。

追い討ちをかけるように、昇進の発表が社内中に流されるのですから、気の小さい私のような人間は、いやでも周りの目が気になってしまいます。

20歳代で会社を立ち上げ、年収が億単位の方々がどんどん出現しているのをみて、正直いつもすごいと思ってます。

友人が若いうちにMBAを取り、何回か失敗した後、事業を順調に拡げているのをみて、才能の違いか、と思ったりしてます。

先見の明がある人は違う!

その度に、ついそういう人と比較して、自分はどうしてこううだつが上がらないんだろう、と思ってしまいます。

やはり、生まれながらの性格か、器量か、才能か、運命か、そういうものが違うのかしら、なんて責任転嫁して、ちょっぴり自分をなぐさめたりしてます。

ただ、最近少し考え方が変化してきました。

そのお陰かどうかは分かりませんが、昔に比べて格段に生きるのが楽になってきました。

挫折に慣れたのかも知れません(^_^)。

それもあるかもしれませんが、少し考え方を変えただけで、本当に楽になってきました。

挫折に対するワクチンといっていいかもしれません。

それは、「状況を受け容れる」ということと、「その状況に感謝する」ということ。

これを実際にやってみると、あら不思議、という感じで、立ち直りがすごく早いのです。

こんな自分でも会社はよく雇ってくれている、昇進の候補に挙げてもらえるだけでなんてありがたいんだ、そして引き続き、自分の一番好きな仕事をやらせてもらえる。

私は、昔から人に教えるということが好きだったみたいで、塾の先生のアルバイトをやったときも、とても日々充実してましたし、会社で製品担当をしていたときも、新製品の教育がとても楽しく、毎晩12時過ぎまで会社にいて準備しているときもとても充実してました。

そして今は、新入社員研修という仕事を天職と考えやらせてもらってます。

それを考えると、色々会社に対して、感謝の念が先に出て、昇進試験に落ちたことなど、どうでもよくなってくるのです。(どうでもいい、というのは言いすぎかもしれませんが)

駄目な自分でも新入社員教育という、人材育成の根幹を任せてもらっている、貢献できている、というように自分を受け容れられるようになってきました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前回、成功したいと思いながら、実は失敗したいと思っているかもしれない、ということを書きました。

ある母親は子供が朝起きられなくていつも文句をいっている。

起こそうと思っていても失敗ばかり。

いつもいつもいらいらしている(ようにふるまっている)。

でも、本当は子供が起きれるようになって欲しくないかもしれない。

いつまでも自分に頼ってもらいたい、と、どこかで思っているかもしれない。

ということは、子供を自立させること、子供が自立することが成功して欲しくない、と、潜在意識で思っているかもしれない。

こんな仮説が成り立つかもしれません。(仮説ばっかりですが)

これが親の立場からの仮説だとすると、実は子供の立場からも同じような仮説が考えられます。

つまり、自立しないで親に面倒みてもらいたい、という仮説です。続きを読む
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2006年07月30日

自分を受け入れるということ(11)

成功したいと思っていながら、本当は失敗したい、と潜在意識で思っていたら、これはどういうことなんでしょう。

成功する自分を受け容れられない、ということでしょうか。

これもあくまで仮説ですので、色々なことが考えられるのではないでしょうか。

成功したくない、成功するのがこわい、等々。

なぜこわいのか。

これは、まず考えられるのが、現状を変えたくない、ということではないでしょうか。

でもでもさん、というのを聞いたことあるでしょうか。

人に相談しているとき、相談相手が色々アドヴァイスしているのに、ことごとく、でもでも、といってそのアイデアを否定していく、という人。

でもそれは嫌いだから、でもそれは難しいから、でもそれは私に向いてないから、でも、でも・・・・・・・て感じ。

こういう人の潜在意識には、私を変えてみようたってそうはいかない、やってみたいならやってみなさい、私は断固変わりはしない、という決意があるようです。

でも、なぜ?と思っちゃいます。続きを読む
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2006年07月28日

ワクチン(2)

最近様々なワクチンが出てきてますね。

昔からのBCG、三種混合、ポリオなどから、インフルエンザ、肝炎、黄熱等難しい病気に対するものも増えてきているようです。

今後予防医学が進んでくれば、さらにたくさんのワクチンが出てくるでしょうね。

今のワクチンは病原微生物に対するものですが、そのうち微生物由来以外の病気に対するワクチンも開発されるかもしれません。

癌や先天性疾患に対するワクチンがあったらどれだけの人が幸福になれるんだろう、と夢見てしまいます。

そういうものはワクチンとは言わないかも知れませんが。続きを読む
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2006年07月24日

ワクチン(1)

ワクチン、てご存知ですよね。では、

三種混合ワクチン、てご存知ですか。

生まれてすぐに注射しますよね。(生後3ヶ月から90ヶ月(7歳半))

百日咳、ジフテリア、破傷風の3つに対するワクチンです。

これは、1回投与しただけでは免疫がつかないんです。

2回、3回と投与して、はじめて身体に抗体ができてきます。

世の中には、1回経験しただけでは、十分な備えができないものが結構多いですね。

以前、研修期間中に、受講生の間で風疹がはやったことがあります。

一人が罹り、その人が復帰すると、今度は別の人が罹って休む。

最終的に10人くらいが風疹に罹りました。

その年の新入社員の約1/4でした。

成人になっても、これだけの数の人間が風疹になるというのは驚きでした。

一人だけ、風疹2回目、という人もいました。

風疹はほとんどが永久免疫と聞いています。

でも、長い間、その抗原(この場合風疹ウイルス)に身体がさらされないと、免疫が弱くなることも考えられます。

昔BCGをやっているにもかかわらず、結核になる人が以前より増えている、というのを聞きましたが、これも同じことだと思います。(免疫が弱くなっている。)

風疹は、特に若い女性は必ずワクチンを打つ必要があります。

妊娠3ヶ月以内に風疹に罹ると、赤ちゃんに対して催奇形性という影響があるからです。

もしこのブログを読んでいる女性で、まだワクチン打ってない方がいたら、周りの方に相談して、近くの開業医で打っていただいたらいかがでしょうか。

男性にもだいじなワクチンがあります。続きを読む
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2006年07月22日

自分を受け入れるということ(10)

自分が失敗することを自分が望んでいるかもしれない、という仮説をたてると、わりと色々思考が浮かんでくる、というお話を前回してました。

失敗することに目的があったかもしれない、ということ。

勉強不足で詳しいことはわかりませんが、これは交流分析でいう、基本的構えのうちの一つではないか。

「わたしは not OK!、あなたは OK!」ということに近いかもしれません。

そうだとすると、目的は、自分はだめなんだということを証明すること。

「ほら、また失敗した。やっぱり自分はだめなんだ。」

ドラマ的交流ともいわれてるようですが、行動をみると、ある法則性が分かってくるようです。

うまくいき始めると、ふしぎとそれを否定するような失敗をする。

うーむ。

仮説で始めたこの分析ですが、素人ながら、危機感を感じますね。

親の影響がこの年になっても、どこかで出てくる。

ただ、私の場合、親のいい加減さも受け継いでいるみたいで、そんなに深刻にならないで済んでます。

今回も失敗しまし、怒られ、しゅんとしましたが、その方から逃げないでコンタクトを続けた結果、なんとか助けていただきました。

結構ひどいこともいわれ、落ち込みましたが、そのお陰で助けてくれたんだ、と思えます。

なんとか乗り越えることができるたびに、最近は素直に感謝できるようになってます。

これは、いい意味で親のいい加減さを自分の強みにしているのかもしれません。

以前会社の研修でドイツにいったときに、カナダから来ていた同僚がいつもいってました。

「Don't worry. Be happy!」

そのときは、なんて脳天気なやつ、と思いましたが、最近この言葉の素晴らしさを実感してます。
posted by kurasan at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分を受け入れるということ(9)

自分を変えたい、と、今まで何度思ったことか。

最近も、自分の思い込みから失敗をしました。

どうしてこう成長しないんだろう、と未だにレベルの低い自分に嫌気がさします。

こんな救いようのない自分を変えてしまいたい。

救いようのない自分、とはどんな自分か。

色々考えていましたら、ある考えが浮かびました。

その考えは、少々受け容れがたい、というか、まさかね、でもあり得るかも、いやいやそこまではないだろう、というようなことでした。

その考えとは、こういうことだったのです。

「自分は失敗したかったのではないだろうか。」続きを読む
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2006年07月19日

自分を受け入れるということ(8)




営業で1年間びりの人間が、いつの間にか地域のトップになりました。

得意先にいくと、私とお客さんが話しこんで盛り上がるので、他の競合メーカーの営業マンは仕事にならず、部屋から出て行く、ということが起こりました。

ついこの間まで、私がいつも出て行くほうでした。

信じられませんでした。

こんな日が来るなんて!

なにせどん底を1年間もさまよってたので、どんなささいなことでも、めちゃくちゃ嬉しいんです。

夜9:30頃営業所に帰ると、仲のいいお客さんから電話がかかり、今晩泊まりだから遊びに来ない、といわれ、寿司折もって遊びに行ったら、ギターが2台用意されてました。

その方とは、あったその日から同じ趣味のギターですぐにお友達になってしまいました。

こんな感じで、仲のいい人があちこちにできて、なんだかその人たちと遊んでいるだけで実績がどんどん上がって行ったよな気がします。続きを読む
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自分を受け入れるということ(7)




浪人中に、偶然というかなんの因果か、というか、父と同じ病院へ入院し、同じ日に手術、しかも同じ手術室で連続して、という話をしました

そして、その後紆余曲折を経て、某私立薬科大学へ入学したのですが、はっきりいって、どうしてもやる気が出ませんでした。

医学部を目指していたから、なんて理由にならないのは自分が一番分かってました。

なにせ、そんな頭も器量もないくせに(ちょっと謙遜(^_^)/)、目指したというのが正直なところですので。

やる気が出なくなるのは、過去何十回となく経験してました。

高校時代も、2年生最後の通信簿に、欠席日数42日と記録され、それを見て母がいきなり泣き出しました。

その母の姿をみて、私も泣きました。

父は何もいわず、じっと耐えてました。

このときは、さすがにこたえて、3年の1学期は頑張りました。

初めて物理で10段階の10、数学で9を取りました。

それほど高いレベルの高校ではなかったので知れてますけど。

でも、嬉しかった!

10なんて数字はじめてでしたので。

しかしながら、挫折はそれからも続きます。

まずは営業マンになってからの挫折。
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2006年07月17日

自分を受け入れるということ(6)




人のために動くことが転機になる、という経験をしたことを前回お話しました。

「読むクスリ」シリーズで有名な上前淳一郎さんのシリーズ30に「地獄と極楽の違い」という本があります。その最初のお話にこんなことが書かれてました。

病院の若い院長が経営困難になったとき、あるコンサルタントの人のいうことを実施したら、ガラリと病院の経営状態が変わった、180度変わった、というお話です。



この院長先生は、日航ジャンボ機墜落事故で奇跡的に助かった、川上慶子さんを付きっ切りで治療にあたって有名になった先生だそうです。

その開業して、慶子さんを助けた、ということが評判を呼び、開業当初病院は繁盛したそうです。

しかしながら、手を広げすぎたせいで、いつの間にか病院は赤字。

どんどん患者は離れていったそうです。

行き詰ったとき、病院を売ってしまおうか、と悩んだときに、経営者セミナーを知り、ワラにもすがる思いで受講したそうです。続きを読む
posted by kurasan at 11:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分を受け入れるということ(5)

「すべての苦悩は思い通りにならないことから来る。」

小林正観という方の本「釈迦の教えは感謝だった−悩み・苦しみをゼロにする方法−」(風雲舎刊)に書いてあった言葉です。



お釈迦様が、人生は苦である、ということをいっていたのは知っていましたが、その根本が、思い通りにならないことだ、というのを読んだとき、すっとこころに入ってきました。

人間関係で一番苦労するのは、確かに、人が自分の思い通りにならないから、という気がします。

この本の中で、小林さんは、「思い通りにすることをあきらめれば苦はなくなる。その状態は、夢も希望もない状態だ。」と書いていらっしゃいます。

衝撃的な言葉です。

この通りだとすると、反対に、苦しむということは、夢も希望も捨てていない、ということでしょうか。

夢や希望を持っている状態というのは、現在が不服であり、不満である、ということだ、と小林さんはおっしゃってます。

これを解消する方法は2つ。

ひとつは、いまの10倍も20倍も努力して夢と希望を手に入れる方法。

そしてもうひとつは、自分の現状を受け入れて、なおかつ感謝すること。

どちらを選ぶか、これは難しいところです。

でも、幸せになっている人は、両方実施しているのではないか、と私は思います。続きを読む
posted by kurasan at 01:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

自分を受け入れるということ(4)




過去に自分の人生が変わったと思えることが、何回かありました。

いいことも悪いこともいっぱいありました。

そして、なにがよかったか、悪かったか、ということを考えてみました。

前回、自分の周りには、よくぞこれほど、というくらい自分の嫌いな人たちが集まった、ということを書きました。

結論から言うと、その人たちを嫌いにしてたのは、自分の置かれた環境を受け入れてない自分そのもの、でした。

自分の思考、考え方、といったほうがいいかもしれません。

なぜかというと、行動パターンを変えた後で、その人たちに感謝している自分がいたからです。

人間ここまで180度変われるものなのか、と、自分で自分が信じられませんでした。

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(前回のつづきです。)
私が浪人中に、父が胃潰瘍になり入院した事をお話しました。

実は、私も同じ時に入院したのです。

虫垂炎(いわゆる盲腸)になってしまいました。

虫垂炎は、手術すればなんてことない病気といわれてました。

でも、やったことのある人なら分かると思いますが、想像以上に、痛いんです。

わき腹全体が、ぎゅーっとしめつけらるような痛さ。

父は前の週の夜中寝ているときに、急に布団の上でのた打ち回り、緊急入院でした。

私も夜、急に痛くなり、近くの救急病院へ行きました。歩いて30分くらいのところにありました。

母がタクシーをつかまえようとしても、夜12時過ぎでは、家の周辺は全く走っていません。

病院へいくには長い坂を登らなければなりませんでした。

あのときの痛さといったら。

おなかをかかえて、一歩一歩足を出す、という感じで、歩いている感覚ではなかった気がします。

坂を登り終えれば、あと病院まで半分平坦な道を歩けばいい、と自分に言い聞かせながら、ずっずっと歩いていきました。

「あ、来た!」

先を歩いていた母が私の後ろの方向を見ていいました。

やっとタクシーが来ました。

このときほどタクシーがありがたいと思ったことはありませんでした。

やっとの思いで病院に着きました。続きを読む
posted by kurasan at 14:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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