本社で新人研修をしていると、先輩社員やベテラン社員にかならず言われることがあります。
「今年の新人はあいさつしない」ということです。
本当に、必ずといっていいほど、この言葉を、新人研修の責任者である私に言ってきます。
新人が通りかかると、その先輩・ベテランは、新人を見ながら、さああいさつしろ、あいさつしろ、と思いながら待ってるんでしょうね。
そして、新人がなにも言わないと裏切られたような、ばかにされたような気になるのでしょうか。
この私にあいさつしないなんて、という剣幕で私に文句を言ってきます。
私も慣れたもので、そういう人には、必ず返す言葉があります。
「新人あいさつしませんでしたか。そうですか。それで、あなたは新人にあいさつしたんですか?」
「なんで私が新人にあいさつしなければならないんですか。」
こういう文句を言ってくる方は、私の言葉に必ずといっていいほどムカつくみたいです。
「うーむ。新人があいさつしないなら、先輩があいさつのお手本を示してあげるのも現場のいい研修になると思うんですが、いかがですか?」
たいてい、これでだまってしまいます。
研修の最初にあいさつの仕方を教えない会社があるのでしょうか。
私は、新人が先輩にあいさつするのは、自然なことだと思ってます。
実際、教えなくても、言葉でいわなくても、新人たちは私に質問してきます。
「トイレで先輩に会ったら、どうあいさつしたらいいんでしょうか?しながらあいさつするべきでしょうか?」
本人たちは真剣ですので、私も笑いをこらえて、きちんと対応します。
新人があいさつをしないのは、なにか原因があると思ってます。
考え事をしてたか、あいさつをする場所ではないと判断したか、うっかりしてたか、前にあいさつしたら先輩から返事がかえってこないでだまっていってしまったからもういいや、と思ったか。
理由はいろいろでしょうね。
以前、50名くらいの新人研修をしていたとき、その50名が会う人全てにあいさつしたときがあります。
そのときに先輩社員が私になんていってきたかというと、
「こちらからあいさつ返すのが大変だから、新人にあいさつさせないで」という内容でした。
人は考え方も、行動も全部違います。
だったら、なにがその場で大切なことなのか判断しなければなりません。
新人があいさつしなければ、こちらから、
「こんにちは」と、
一言声をかければ済むことだと思います。
その新人は、先輩に声をかけられて、きっと嬉しく感じることでしょう。
年柄年中あいさつする新人には、
「あいさつは最初に会ったときだけでいいよ」といってあげればよろしいと思います。(ただ、この場合、誰に会ったか覚えるのが大変、という声が出ましたので、分からなくなったら、2度でも3度でもあいさつしちゃえばいい、といっておきました。(^_^)/)
あいさつは新人がすべき、というのは、自分を受け容れている人でしたら考えないことではないかと思えるのですが、いかがでしょう?
自分を受け容れている人は、自分の立場・権威など関係無しに、相手はあいさつされたら嬉しいだろうな、と考え、自然に自分からあいさつしていると思います。
なぜなら、私は先輩なんだからあいさつしない、新人が私にあいさつすべきである、という考えは、私は先輩、私は偉い、私を尊敬せよ、私があいさつしたら、私の立場は保てない、という考えに近いのではないかと思います。
こういうことでしか自分を保てないということは、ありのままの自分を受け容れたくない、ということではないでしょうか。
新人は、あながたを見習って育つんですよ、といつも先輩方には言ってます。
タグ:自分を受け容れる
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という発想は、
典型的なコントロールドラマを感じますね。
自分に挨拶させることで、自分がえらくなったように感じ、自分の価値を感じる。
だから、自分から挨拶をするなんて考えられないわけです。
そして、下の人が目上の人に挨拶するのは、世間的に正しいと認められているのでその常識の力を借りて相手を従わせようとしていたのに、OJTという別の正しさによって逆に自分から挨拶をさせられそうになってグーの根もでないといったところですね。(^^)
偉くなりたい人は結構いますね。まず人に認めさせたい人、認めるまであきらめない人、結構なエネルギーだと思います。それはそれですごいと思いますが、幸せかどうかは分かりませんよね。少なくても周りを幸せにするとは思えませんが。力の使い方を変えれば全然違うと思うんですけど。
これは、実践的ですね。
私は、身につまされる思いです。
あー、これは私のことだって。
すばらしいことを教えていただき、
感謝してます。
ありがとうございます。