2006年08月31日

ワンコはこころのバロメーター

うちにはペキニーズというわんこがいます。

こんなのです。

peki1.JPG

私がリラックスしていると、飛んできてすぐに私の前でひっくり返っておなかをみせ、遊んでくれい、とねだります。

私がストレスかかえていると、横目でちらとみてどこかへ行ってしまいます。

ココロを見透かされているみたいで、このワンコが近づいてくるとなんだか緊張します。

頼むからひっくり返ってくれ、なんて気分になりそうです。

自分のこころがどこかへいってると、分かるんですかね、ワンコは。

そんなに利口とは思えんが。

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救命救急実習

先日、新入社員と一緒に救命救急の実習を受けました。

知識としてはすばらしいもので、知っているのと知らないのでは実際の対応は全然違うでしょうね。

しかし、この知識はそれほど使う機会がないと思われるので、だんだん薄れていく気がします。

ただ、AEDといわれる除細動器の使用法についての説明、実習は圧巻でした。

倒れている人にビニールのパッドをつけ、除細動器のスイッチを入れると、除細動が必要な場合、「除細動が必要です。」という声がし、充電が始まります。

心室細動になると、身体中に血液を送る左心室がブルブル震えて、身体に十分血液がいかなくなってしまいます。続きを読む
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2006年08月29日

英語

先日、10年ぶりくらいにTOEICを受けました。

10年前、最後に受けたときは会話やプレゼンテーションなどの研修を受けてましたので、それなりに英語を勉強してた気がします。

全盛期だったですね(笑)。

700点くらい取れたと思います。

が、今回は500点くらいまで落ちました。

継続しないと駄目ですね。

新人全員にTOEICを実施したときがあります。

その新人の中に、アメリカ生活が長かったという女性がいました。

彼女の結果は、990点満点中、950点でした。

ネイティブよりすごいのでは、と、全員で驚愕でした(笑)。

自分の英語が上達しないのは、もちろん自分の努力不足なんですが、それ以上に、目的・目標がないからでしょうね。

若い頃は、英語くらいできないとこれからの社会生活で支障をきたす、といく危機感がありました(一応外資系ですので)。

しかし、今の自分の仕事に英語の必要性はそんなになく、かたこと話せれば問題ないことが分かってから、モチベーションが沈んだままです(笑)。

英語ができない自分は受け容れているつもりですが、できるようになるというモチベーションはなかなか受け容れられないみたいですね(笑)。
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2006年08月21日

大うそつき

先日、会社へ行く途中で外国人のカップルに呼び止められ、道を尋ねられました。

地図にも英語で書かれていたのですが、ああ、あそこね、と思い、ここまっすぐいけば左にありますよ、みたいなことを、なんとか英語で伝えました。

会社について、気になったので調べたら、おおうそでした。

まったく反対方向。(^^;

悪かったなあ、雨も降りそうだし、としばらく引きずってましたが、頭の良さそうな人たちだったから大丈夫だろう、と勝手に安心して終わりました。

そういえば、以前外国へ行ったとき道を尋ねたら、とんでもない方向を教えられたことがありましたっけね。

その国の人でも、知らないことって結構あるんだなと、自分を振り返って思いました。

やはり、最後は自分の目と判断に頼らないといけませんね。

人のせいにしてみても、なんかすかっとしませんもんね。(弁解してるみたい。(^_^)/)

でも、人を信じるというのは、もし間違っていても恨まずに、自分のことは自分で責任取るということなんでしょうね。

書けば書くほど弁解に聞こえるからこのへんで(^^)。
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2006年08月20日

自信について(1)

先日、新人研修で交流分析の話をしました。

心理学に詳しい方はよく知ってらっしゃると思うのですが、エリック・バーンという精神学者が始めた療法で、一時期ビジネスにもよく使用された概念です。

私は心理の専門ではないのですが、自分が受けた研修がとても印象的で納得できるものでしたので、新入社員にもよく話をします。

交流分析(以下TA:Transactional Analysis)の中で、自己概念というのがあります。

その中で、「基本的な構え」には4つの種類があるといわれてます。

I'm not OK. You're OK.(自己否定、他者肯定)
I' OK. You're not OK.(自己肯定、他者否定)
I'm not OK. You're not OK.(自己否定、他者否定)
I'm OK. You're OK.(自己肯定、他者肯定)

この基本的な構えは、幼少のときに親からもらう「ストローク」によって決まるとされてます。

ストロークとは、言葉の通り、人に対する投げかけで、言葉・態度・触れ方等、人との交流で相手に対して影響する全てが含まれてくると思われます。

おまえはほんとにいい子だ、と言葉ではいっていても、テストの点がいいから、とか、親に心配かけないから、とかの条件がついていると、いわゆる条件付のストロークになってしまい、本当の自分を強く抑制することもあるかも知れません。

人と人の交流で最悪なのが、ディスカウント(無視)というものです。

いじめや虐待などがこれに入るかと思います。

人は、ストロークをもらわないと人の間では生きていけないそうです。

ですので、なんとしてもストロークをもらおうとするけれども、そのときに関わってくるのが先ほどの基本的構えではないでしょうか。

エゴグラムというのを新人にやってもらうんですが、この話をすると、新人の反応が千差万別ですので、とても面白い、いえ興味深いです。

ピッタシだ、という人もいれば、うーん、と疑わしげな顔をする人もいます。

これで全てが分かるわけではないし、やるたびに多少変わることもあります。

この分析は、あくまで自分のためにやるのであって、人に評価してもらうためではないです。

ここでも自分を受け容れているかどうかが分かるような気がします。

自分自身をそのまま、ありのまま素直に受け止めている人は、どんなことでもそのまま受け止めているような気がします。

これが自信につながっているのではないでしょうか。

できる人、強い人、態度大きい人すべてが自信を持っているわけでもなく、才能なくても、弱いと思っても、静かな性格の人でも、自信を持っている人はいるわけです。

どしって感じですかね。

それは、自分のいいところも悪いところも、そのまま受け容れている人が、人の言動や評価に揺るがない自信を持っているような気がします。

それは、決して人の意見は受け容れないとか、自分の意見は決して変えないとかいうことではなく、楽しく幸せになるにはどうしたらいいか、ということを主体にしているような生き方のような気がしますがいかがでしょう。

私もあやかりたいと思いますが、普段の心構えでしょうね。
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2006年08月17日

カブトムシ

夏になると必ず思い出すのがカブトムシ。

6年くらい前まで、私は千葉県北部に住んでました。

下の子供が幼稚園から中学校卒業するまでの間、ずっとそこに住んでました。

小さい子供が育つには最高の環境だったと思います。

東京の会社から1時間40分かけて家まで帰ります。毎日(当たり前か)。

駅から家まで15分くらい歩くのですが、夏は、しっかりと下を見ながら暗い夜道を歩きます。

時々歩道をカブトムシが歩いているからです。

よく捕まえて子供にお土産の代わりとして持って帰りました。(安上がり(笑))

家の水槽に土や木と一緒にカブトのオスとメスを入れていたのですが、2匹ともしばらくして死んでしまいました。

水槽をかたずけていたら、なんと小さな幼虫が11匹出てきました。

で、私が育てることになったのでした。続きを読む
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2006年08月15日

捨てるということ

「捨てる生き方(ハキジン出版)」という本があります。

佐藤康行さんという方が書いてます。



捨てる、というと、私は一時期一生懸命覚えた、あの有名な般若心経を思い出します。

佐藤さんが仰ってるのは、難解な般若心経を分かり易く解説してくださっているような気がします。

でも、捨てるって、難しいですね。続きを読む
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2006年08月11日

自分を受け入れるということ(14)

私は営業マンの研修をしています。

時々、スタッフから、彼/彼女は営業に向いてないんじゃないか、という声を聞きます。

確かに、一見そう見えるのです。

大人しく、おどおどして、自分の意見もなかなか言えない。

人の前に立つと、誰が見ても緊張しているのが分かり、声も上ずってしまう。

顧客相手のロールプレイなどすると、途中で言うことが分からなくなり、黙り込んでしまう。

こういう状況を見て、大丈夫かな、現場でやっていくのはきついんじゃないかな、と、周りは思うわけです。続きを読む
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2006年08月10日

父の日、母の日

新人研修中、父の日、母の日を迎えます。

父の日、母の日にプレゼントをするかどうかは個人的なことですので、新人たちにはプレゼントしろだの、電話かけろだのは言いません。

替わりに、私個人の話をよくしてます。

長男が高校3年生のとき、父の日に、ネクタイに手紙を添えてプレゼントしてくれました。

その手紙に、

「お父さんはほんとにすごい人だと思います。」という一文が書いてありました。

なにをもってすごいというのか聞きませんでしたが(すごく聞きたかったけど(^o^))、とっても嬉しかったんです。

そのことを新人たちに話しました。

そのときは余り反応が無かったんですが、後日何人かの新人が、かわるがわる私のところへ来て、報告するんです。

「先日父と話して、お父さんてほんとにすごいよね、といったら、目に涙をためて喜んでました。私も泣きそうになっちゃいました。」

皆、形は違うかもしれませんが、自分の親に素直な気持ちをぶつけたみたいです。

プラスのストロークの話もしてましたので、人にプラスのストロークをどんどん投げると自分にも返ってくる、ということが実感できたようです。

すぐに行動に移す新人たちに、こちらのほうが勉強させてもらってます(しかも給料もらいながら。ラッキー!(笑))。
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2006年08月09日

あいさつ




本社で新人研修をしていると、先輩社員やベテラン社員にかならず言われることがあります。

「今年の新人はあいさつしない」ということです。

本当に、必ずといっていいほど、この言葉を、新人研修の責任者である私に言ってきます。

新人が通りかかると、その先輩・ベテランは、新人を見ながら、さああいさつしろ、あいさつしろ、と思いながら待ってるんでしょうね。

そして、新人がなにも言わないと裏切られたような、ばかにされたような気になるのでしょうか。

この私にあいさつしないなんて、という剣幕で私に文句を言ってきます。

私も慣れたもので、そういう人には、必ず返す言葉があります。

「新人あいさつしませんでしたか。そうですか。それで、あなたは新人にあいさつしたんですか?」

「なんで私が新人にあいさつしなければならないんですか。」

こういう文句を言ってくる方は、私の言葉に必ずといっていいほどムカつくみたいです。

「うーむ。新人があいさつしないなら、先輩があいさつのお手本を示してあげるのも現場のいい研修になると思うんですが、いかがですか?」

たいてい、これでだまってしまいます。

続きを読む
posted by kurasan at 13:58| Comment(3) | TrackBack(0) | 心理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

新人は忘れた頃に成長する

最近、新人から質問されて、ドキっとすることが、ちょこちょこ増えてきました。

質問の内容が重箱の隅をつつくような質問とか、現場ではまず必要の無い内容の質問とかでしたら、私もそれなりに余裕を持って答えられるのですが、うっと声が出そうなくらい、痛いところを疲れるとまいります。

そうだ、それを調べておこうと思ってたんだっけ、なんて考えていることが顔に出ているようで、新人の目が怖い!(^_^;

でも、疑問に思って自分なりに答えを推定していってくる新人を見てると、自立を感じて、こちらも楽しくなってきます。

と同時に、こちらも負けてたまるかい!という気にさせてくれます。

まだまだ受け容れられてるな。自分を。(確認しながら一歩一歩。)
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2006年08月05日

自分を受け入れるということ(13)

つい最近、感謝する、ということが挫折に対する一つのワクチンになるのではないか、と思い、実践し始めたわけですが、なかなか難しいです。

長い間に染み付いた思考パターンはなかなか変えられないですね。

こんな新人がいました。

顧客を想定したロールプレイというのを研修の一環でやるのですが、周りの新人はだんだん上手になるのに、その新人だけは、最後でいつも失敗するのです。

私が顧客役をすると、最初は元気よく、リズムもはつらつとして商談を進めていくのですが、最後になると、どうしてもしりつぼみになり、商品を買ってもらえないのです。

顧客役のこちらのネガティブな応答に、すっかり巻き込まれ、商品のメリットに自信がなくなってしまうようです。

もちろん、メリットもデメリットも含んで相手に納得してもらうのですが、顧客の問題解決のために何が貢献できるか、というところでいつもひっかかるのです。

新人には毎日個人ごとに研修の日誌を書いてもらいますが、その日の日誌にも、どうして私は考え方がネガティブに終わるんだろう、と書いてました。

こういう言葉を聞くと、私は自分の新人時代を思い出すのです。

最初の1年間の、あのつらい時代。

やってもやっても売れなかったあの日々。

今、色々な新人たちと付き合っていると、とても客観的に自分を振り返ることができる気がします。

私は、あのつらい時期、自分を客観的に振り返り、受け容れる、ということを思いつきもしなかった、と、いまは正直に振り返ることができます。

情けない、どうしてできないんだ、といわれて育つと、思考パターンもいつのまにか、どうして自分はだめなんだろう、になってしまうかもしれません。

壁にぶち当たって、それを運よく乗り越えられると、自分の思考パターンに気がつき、ありのままを受け容れられるようになる気がしますが、乗り越えるまでは、そんな余裕はないわけで、ひたすら自分を責め続けた気がします。

自分を責め続けると、次第に今度は、周りの環境のせいにするようになってます。

こんな担当を持たせた会社が悪い、私はちゃんとやってるのにあの客がおかしいんだ、というような感じです。

前にも書きましたが、「I'm OK, You're not OK」と「I'm not OK, You're OK!」という構えを行ったりきたりしていたような気がします。

今考えてみると、このパターンは自分を受け容れたくない、という表れだったかも知れません。

先の彼には、日誌のコメントで、ネガティブと思うなら、一度その思考パターンがどうして起こるのか、自分と話し合ってみたらどうか、いつの間にかそういう思考パターンにとらわれ、自分自身を受け容れられなくなってるかもしれない、というようなことを書いた気がします。

その後、その彼は徐々に自信を取り戻して、現場でも活躍しているようです。

ちょっとしたことで自分を取り戻せるのは、やはりその人のこころひとつなんだ、と、その件で強く思いました。
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2006年08月03日

自分を受け入れるということ(12)




成功、ということについて考えてみました。

私は、自分自身、とても社会的に成功しているとはいえないと思っています。

社会的な成功とは、年収うん千万以上、一戸建て住宅(もしくは六本木ヒルズ(笑))に住み、ランボルギーニに乗り、バリバリ自分の会社を切り回す若手社長、のような人をここでは指すことにします。

私はといえば給料もそこそこ、地位も50歳にして、いわゆる課長職。(先日、部長の昇進試験に落ちてしまいました。これで何度目の挫折かな?)

過去にも課長の昇進試験でも何度も落ちてますし。(出世というものに見離されてるかも知れません(^_^;))

大学入試も2浪しましたし、どうも試験と相性が悪い(そういう問題じゃないか)。

試験に落ちると、やはり落ち込みます。

自分が社会から否定されているような気がして。

会社の昇進試験では、それをより強く感じてしまいます。

なにせ、一緒に受けた一握りの人たちが昇進し、後の人はそのままで通常通りの業務をこなしていく。

会社という狭い世界のなかで、逃げ場が無いわけです。

試験のすぐ後は、社内の周りの目がどうしても気になります。

追い討ちをかけるように、昇進の発表が社内中に流されるのですから、気の小さい私のような人間は、いやでも周りの目が気になってしまいます。

20歳代で会社を立ち上げ、年収が億単位の方々がどんどん出現しているのをみて、正直いつもすごいと思ってます。

友人が若いうちにMBAを取り、何回か失敗した後、事業を順調に拡げているのをみて、才能の違いか、と思ったりしてます。

先見の明がある人は違う!

その度に、ついそういう人と比較して、自分はどうしてこううだつが上がらないんだろう、と思ってしまいます。

やはり、生まれながらの性格か、器量か、才能か、運命か、そういうものが違うのかしら、なんて責任転嫁して、ちょっぴり自分をなぐさめたりしてます。

ただ、最近少し考え方が変化してきました。

そのお陰かどうかは分かりませんが、昔に比べて格段に生きるのが楽になってきました。

挫折に慣れたのかも知れません(^_^)。

それもあるかもしれませんが、少し考え方を変えただけで、本当に楽になってきました。

挫折に対するワクチンといっていいかもしれません。

それは、「状況を受け容れる」ということと、「その状況に感謝する」ということ。

これを実際にやってみると、あら不思議、という感じで、立ち直りがすごく早いのです。

こんな自分でも会社はよく雇ってくれている、昇進の候補に挙げてもらえるだけでなんてありがたいんだ、そして引き続き、自分の一番好きな仕事をやらせてもらえる。

私は、昔から人に教えるということが好きだったみたいで、塾の先生のアルバイトをやったときも、とても日々充実してましたし、会社で製品担当をしていたときも、新製品の教育がとても楽しく、毎晩12時過ぎまで会社にいて準備しているときもとても充実してました。

そして今は、新入社員研修という仕事を天職と考えやらせてもらってます。

それを考えると、色々会社に対して、感謝の念が先に出て、昇進試験に落ちたことなど、どうでもよくなってくるのです。(どうでもいい、というのは言いすぎかもしれませんが)

駄目な自分でも新入社員教育という、人材育成の根幹を任せてもらっている、貢献できている、というように自分を受け容れられるようになってきました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前回、成功したいと思いながら、実は失敗したいと思っているかもしれない、ということを書きました。

ある母親は子供が朝起きられなくていつも文句をいっている。

起こそうと思っていても失敗ばかり。

いつもいつもいらいらしている(ようにふるまっている)。

でも、本当は子供が起きれるようになって欲しくないかもしれない。

いつまでも自分に頼ってもらいたい、と、どこかで思っているかもしれない。

ということは、子供を自立させること、子供が自立することが成功して欲しくない、と、潜在意識で思っているかもしれない。

こんな仮説が成り立つかもしれません。(仮説ばっかりですが)

これが親の立場からの仮説だとすると、実は子供の立場からも同じような仮説が考えられます。

つまり、自立しないで親に面倒みてもらいたい、という仮説です。続きを読む
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